前回の記事で、4月20日月曜日に主治医からの説明を聞く予定であることを書きました。
看護師さん曰く、「血液検査とレントゲン検査の結果をふまえてのお話なので、おそらく退院の方向になると思いますよ」とのこと。
このタイミングでの主治医からの説明なので、私もそう願いつつ・・・・
前回の記事「昨年10月に続き、母、二度目の入院③」はこちら
入院22日目、4月19日日曜日
この日は日曜日なので、面会には行けません。
一日中、明日4月20日の主治医の説明のことが気になりながらすごす日曜日となりました。
入院23日目、4月20日月曜日
そして翌4月20日、この日もいつもどおりの時間に家を出ます。
医師の説明は午後3時から。
前回の説明の際も聞きたいことを事前に準備しておきましたが、今回も同様。
昨日、質問や確認事項をリストアップしておきました。
「母に『退院できるよ』と言えるといいなぁ」と思いながら病院へと向かいます。
病院に着き、病室のカーテンを開けて母に話しかけてみますが、母は今日も反応が薄い感じです。
そして、この日は痰がからみがちなのか、咳き込むことが多い。
普通の状態なら痰がからむ程度ならあまり心配しないのですが、母の場合、嚥下機能が衰えているので、痰や唾を誤嚥してしまうことがとても心配です。
上手くせきで痰を出せるといいのですが、それもできず・・・・
背中をさすることくらいしかできなくて、もどかしい。
そうこうしているうちに、3時になり、主治医の説明を聞く時間に。
病室の外に出ると、一緒に話を聞くことになっている施設のケアマネさんと看護師さんも既に来ておられました。
医師からの説明は・・・・
看護師さんに呼ばれ、主治医の部屋へ。
主治医から以下のような説明がありました。
<肺炎について>
- CRP値が0.65まで下がり、レントゲン検査で肺の影(炎症)もほとんど見られない
(CRPとは、たんぱく質の一種で、体内で炎症が起きたり組織細胞に障害が起こると増えていくたんぱく質の一種で、基準値は0.3未満ですが、風邪や軽度の炎症などでも0.3~1.0程度にはなるそうです)
<胃ろうの漏れ、ただれについて>
- 胃ろう交換直後は、若干の漏れがあったが、今は漏れはなし
- ただれは完治はしていないが、ただれ部分が小さくなっており、退院後も現在の薬で回復に向かうと思われる
以上、肺炎についても、胃ろうの漏れとただれについても回復、または回復にむかっており、退院しても大丈夫、とのことでした。
<私からの質問>
- 誤嚥性肺炎の再発の可能性は?
→今後も同様の症状(再発)が出ることはある
→日々の体調を注意深く観察していくしかない
→口の中の菌が肺に入ることを防ぐため、日々の口腔ケアを丁寧に行うことが大切 - 痰が絡んで咳き込む事があるが、吸引は頻繁にする方がよいのか?
→そうともいえない(吸引する事自体、本人の苦痛があり、稀に逆流することもあるそう)
→看護師さんより、「日中の間、必要に応じて吸引すれば、それほど頻繁にしなくてもよいと思われる」とのこと
施設の看護師さんからもいくつか質問され、主治医の説明は終了。
その後、別室で医療ケースワーカーの方と、施設のケアマネと看護師さんとで、病院から施設への申し送り事項や退院の際の手続きやらを簡単に打合せし、退院は翌日4月21日火曜日の10時に決まりました。
そして、施設のケアマネさんと看護師さんと一緒に3人で母の病室へ。
母に、「退院できるよ。頑張ったね」と私、ケアマネさん、看護師さんとそれぞれ声をかけます。
母は以前はこのケアマネさんの顔を見ると、ニコッと笑顔になっていたので、「今回も覚えていれば笑顔になるかなぁ」と思っていたのですが、ほとんど反応がありませんでした。
ほぼ1ヶ月入院して離れていたので、忘れてしまったのかもしれません。
仕方ないです。
ただ、ケアマネさんと看護師さんが「それじゃぁ帰るね、バイバイ」と手を振ると、母も動かない手を動かそうとする仕草を見せてくれました。
ちなみに、私が普段面会から帰る時に「バイバイ」と手を振っても、手を振り返してくれることはほとんどありません(苦笑)
入院24日目、4月21日火曜日
いよいよ退院の日です。
ひとまず、今回も退院の運びとなりましたが、前回入院した時の退院ほど、私の気持ちは晴れやかではありません。
退院できると言っても、入院前の状態に戻ったわけではなく、体力も認知力も当時より衰えています。
今回は前回に続き、2回目の誤嚥性肺炎でしたが、この先も誤嚥性肺炎を再発した場合、そのたびに終末期に近づいていくということを覚悟しなければならないこともよくわかっているからです。
病院から駅まで歩く道すがら、「少しずつ、お別れの時が近づいて来るんだなぁ」とか、「次に入院してこの道を歩くときは、本当にお別れがすぐ目の前に迫っているかもしれないなぁ」などとずーっと考えていました。
病院に着き、ほどなくして施設の職員さんと看護師さんも到着し、病院の看護師さんが母の着替えや持ち物などを整理してくださるの病室の外で待ちます。
パジャマではなく、久々に普通の服を来て病室から車いすで出て来た母は、思った以上に痩せて小さくなったように見えました。
ただ、昨日のケアマネさんの顔は覚えていなかったようだったのですが、この日迎えに来てくれた職員さんの顔を見た母は「あれ?(どこかで見たような?)」というような表情を見せたので、少し思い出したのかもしれません。
そうだといいのですが・・・・
その後はあっという間で、施設の車に車いすごと乗せられ、職員さんと看護師さんと一緒に施設に帰っていきました。
私も施設に寄り、ケアマネさんと話をすることになっていたのですが、施設の規則により、私は施設の医療用の車には乗れないので、入院の会計を済ませ、別途ひとりで施設に向かいます。
施設に着き、ケアマネさんとの話は、今後の介護計画を若干変更したいが、その了承をもらいたいというものでした。
また、介護費用や設備の費用などが値上がりするのことで、その説明なども。
私からは、「今後、誤嚥性肺炎を再発して仮に『回復の見込みがない』と医師から診断された場合、施設に戻って終末期を過ごすことは可能ですか?」と質問しました。
ケアマネさんの回答は、「できなくはないが、状態によります」というものでした。
施設は病院ではないので、対応に限界があり、特に夜間に何か起こった場合、看護師がおらず、スタッフも人数が少なくなっているため十分な対応ができない可能性がある、とのこと。
最期を迎えるにあたって、どういう環境が母にとっていちばん良いのか、そういうことも少しずつ考えていかなければいけない時期になっていることを感じます。
これからがまさに正念場!
あとどのくらい母と一緒にすごせるかわかりませんが、今私にできること、目の前のやるべきこと、私が母のためにしたいことを、その来たる時になるべく後悔しないために、ひとつずつやるだけだなぁと感じています。
その為に2018年に会社を辞めて、実家に戻って来て今年で8年目。
これまでもずっとそう思ってここまで来ましたが、「これからがまさに正念場!」、そう思ってこれまで以上に一日一日を大切に母とともにすごしていくつもりです。
当たり前の日常は、いつか当たり前でなくなる時がやって来ます。
皆さんも、ご家族や身近にいらっしゃるかけがえのない方との時間をどうぞ大切にお過ごしくださいね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。