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昨年10月に続き、母、二度目の入院③

母の入院の前回の記事で、胃ろうから漏れがあり、緊急で胃ろうの交換をしたことを書きました。

看護師長さんからの「胃ろうの交換をしたことで、漏れもおさまっていき、胃酸などの漏れによるただれも薬で回復していくでしょう」との説明で少しは安心したものの、翌日も微熱などでしんどそうな母を見ると、どうしてもなかなか安心できません。

もともと、4月6日(月)に主治医から病状の説明を聞くことになっていたので、疑問や確認したいことを事前にリストアップしておきました。

前回の記事「昨年10月に続き、母、二度目の入院②」はこちら

入院10日目、4月6日月曜日

主治医の説明は午後3時。

その前に病室に行き、母に「主治医の先生から病状の説明を聞いてくるからね」と伝えます。

主治医からの病状説明

主治医の部屋に入り、看護師長さんと医療ケースワーカーの方(病院と家族や施設との窓口担当者)も同席して話を聞きます。

主治医からの主な説明は、「肺炎の炎症を表すCRPの数値が3月27日には2.04まで下がっていたが、4月4日に5.11に上がったので、引き続き抗生剤で対応していく。炎症を起こすと数値が上がる白血球の数値は5.11で正常値の範囲内。1週間くらいで改善するであろう」とのことでした。

事前にリストアップしていた私の質問に関しては、

①肺炎と胃ろうの漏れの関係性

  • それぞれの発症は何か関係があるのか?

→たまたま同時期に起こったが、別々の要因で両者は関係はない

②漏れとただれについて

  • 漏れの原因は埋没と聞いているが、そもそも埋没する原因は?

→明確な原因は特定できないが、(これまでの)ボタン式の方が(今回交換した)チューブ式よりも、押したり引っ張ってしまったりなどで圧力がかかる為、埋没しやすい

  • 漏れとただれに気がついたのはいつからか?

→4月3日に胃ろう担当の医師が漏れとただれを確認し、すぐに胃ろうの交換を行った

(前日の4月2日の午後の時点で肌着にしみがついており、看護師さん曰く「少量であれば心配ない」とのことだった。医師が確認したのが翌日の4月3日なので、2日から3日の間に状態が悪化したのかもしれない、と推測)

③肺炎について

  • 熱・嘔吐は肺炎が原因なのか?

→肺炎だけが原因とは言えず、複合的な要因が考えられる

  • 肺炎の原因は誤嚥?

→おそらく誤嚥が原因と思われる

  • 誤嚥性肺炎の場合、再発の可能性は?

→誤嚥性肺炎は繰り返し発症する可能性がある

  • なるべく再発しないようにする為の対応は?

→仮に誤嚥しても菌が肺に入らなければ重症になりにくいので、日々の口腔ケアをしっかり行う
→栄養剤の注入の際は、上半身をなるべく起こして行う

などという回答でした。

正直、主治医の説明は思ったより簡単ですぐに終わってしまい、私の質問の方が圧倒的に長かったです。

ひととおりのやりとりが終わり、私は部屋を出たのですが、その後ドアが閉まり看護師長さんと医療ケースワーカーの方はしばらく部屋から出て来られませんでした。

「主治医が部屋に残るのはわかるけど、看護師長さん達はなんで出て来ないんだろう?」とちょっと妙な感じがしました。

ほどなくして二人が出てきて、先ほどの医師の説明に加えてより細かく補足的な説明をしてくれました。

その看護師長さんの説明の中で、再度、誤嚥性肺炎は繰り返す可能性があることを言われ、終末期に向かって再発を繰り返す患者さんが多いという話をされました。

母の場合も「前回が半年前だったが、もしまた再発するとしたら、それが半年ではなくもう少し短いスパンで再発する可能性もある」とも言われ、「あぁ、これは、今回はともかく、今後再発することで終末期に向かうことを暗に示されているんだなぁ・・・・」と感じました。

主治医の話が終わった後、私だけ部屋の外に出てその後ドアが閉められ、しばらく看護師長さん達が出てこなかったのは、主治医と3人で、「娘の私にそれらしき旨を伝えておく方がいい」と話したのではないかと、この時ピンときました。

半年前に母が初めて誤嚥性肺炎で入院した時には、再発の可能性はあっても命に関わる状態になることは稀だろうと思っていたし、退院できたことで一安心していました。

ですが、今回の入院をきっかけにネットで色々調べ、思っていたより再発率が高いこと、再発を繰り返すごとにその後の生存率が低くなることを知りました。

なので、今回2回目の入院となったことで、「万一の場合を覚悟しなければ・・・」と思っていたんです。

入院11~17日目、4月7日火曜日~13日月曜日

次の1週間の母の様子は、おおむね落ち着いてはいるものの、微熱が出たり平熱に戻ったりという状態が続いていました。

微熱なので大事ではないのですが、やはり家族としては心配になってしまいます。

入院18日目、4月14日火曜日

この日は平熱で、午前中にお風呂にも入れてもらったそうで、すっきりさっぱりした顔をしていてちょっと安心します。

面会時ちょうど看護師さんが来て胃ろうのチューブから薬を入れるとのことで、「見てもいいですか?」と聞いたら「大丈夫ですよ」とのこと。

ただれの状態も見ておきたかったので見せてもらうことにしました。

胃ろうのまわりがところどころ赤くなっていますが、ただれてじゅくじゅくした状態ではなく、乾き始めて薄い皮膚ができかかっているような状態です。

看護師さんがその部分を触っても、母は痛がる様子は全くなかったので、ちょっと安心しました。

ただ、看護師さん曰く、「赤い部分以外の白っぽい色の部分はあまりよくないので、明日、再度皮膚科の先生に診てもらう予定です」とのこと。

不安は残るものの、母本人の様子はわりとおちついていて、微熱がある時に比べると反応も良く、とりあえず、母本人がしんどそうだったり苦しがったりしていないので、その点はホッとしました。

入院19日目、4月15日水曜日

この日は珍しく結構な量の雨が降っていました。

傘をさし、最寄り駅から徒歩で病院に向かいます。

雨のせいか、なんだか少し不安な思いのまま、病室のカーテンを開けると、母の様子は、比較的落ち着いていました。

この日は微熱もなく顔の感じも穏やかで、ずっと手を握っていたら、母は少しうとうとし始めました。

うとうとする、眠り始めるってことは安心しているってことなんだろうか?

「そうだといいのだけれど」と思いつつ、母が眠るのを見届けて少しホッとして病室を出ました。

入院19日目、4月16日木曜日

この日は、前日と打って変わって気持ちの良い青い空。

雨とは逆で、こんなに天気が良いと、なんだか母の状態も良くなっているような気がしてしまいますが、そんなにうまくいくとは限りませんしね。

と、80%の希望と20%の不安を感じながら病室のカーテン開けると・・・・、この日も母の状態は安定していて、穏やかな顔でした。

ただ、体の状態は落ち着いているけれど、私からの話しかけへの反応は相変わらずイマイチです。

「もう私のこともわからなくなっているのかも・・・・?」と思うと、やはり切ないですが、今はとにかく母の病状が回復するのが第一です。

いつものように手を握って話しかけている時、ベッド脇のテーブルに”4月17日血液検査”、”4月17日レントゲン検査”という札が目に入りました。

血液検査とレントゲン検査ということは、血液検査でCRPの数値を、レントゲン検査で肺炎の状態を確認する、ということ。

もちろん、どちらも検査をしてみなければわかりませんが、「検査をするということは少なくとも以前よりも回復に向かっているからと言えるのでは?」と推測。

この日は、まずは今日も母の状態が落ち着いていたことにホッとし、明日の検査の結果が良い方向でありますように、と祈りながら病室を後にします。

入院20日目、4月17日金曜日

昨日、一昨日と母の状態が安定していたので、「どうか今日も安定していますように」と思いながら病院へ向かいます。

そして、今日は血液検査とレントゲン検査の予定です。

検査は午前中にするので、私が面会に行く午後には結果がわかっているはず。

いつものように少しドキドキしながら、病室のカーテンを開けると、今までで一番スッキリした母の顔が目に飛び込んで来ました。

「飛び込んで来た」という表現がぴったりなほど、母の顔がこれまでのぼーっとした感じとは違う、元気な頃と同じようなすっきりした顔だったんです。

特に目がいつもよりしっかり開いていて、これまでの調子がイマイチだった時とは明らかに違います。

母の顔を見た瞬間、荷物も置かずに、思わず「わぁ~、今日はすっきりした顔しとるよ」と声が出てしまいました。

私の声かけに対する反応も良く、声にならず空気が出ているだけの状態には変わりないのですが、それでも、何度か自分で何かを言おうとする様子が見られます。

入院してからは、それすらほとんどないことが多かったので、もうなんだかそれだけでうれしい!

しばらくすると看護師さんが来られ、「来週、主治医から病状と退院の予定の説明をしたいのですが、都合の良い日時をご相談させてください」とのこと。

ん?今、退院?て言いました?

ピンと来ました。

おそらく、今日の血液検査とレントゲン検査の結果が退院しても大丈夫な結果だったのだと。

で、検査の結果、特に血液検査のCRPの数値を聞きたかったのですが、看護師さんから言ってはいけないことになっているのか?、「それも含めて来週の説明の際に医師からお伝えします」とのことでした。

そして、4月20日月曜日に主治医からの説明を聞くことになりました。

はぁ~、まだ100%確定ではないものの、とりあえず退院の目途がつきそうでよかったぁ・・・・

と、ひとまず安堵。

母にも説明し、「よくがんばったね」と何度も声をかけました。

ただ、退院するのはもちろん喜ばしいことなのですが、良くも悪くも病状が回復したということで、完全に全てが入院前の状態に戻ったわけではないし、再発の可能性もあることを理解しています。

おそらく体重も減っているし、体力も落ちている。

認知力も衰えているし、とにかく全般的に衰えは進んでいる。

でも、それは仕方ない。

そのことを憂うよりも、とにかく退院に向かって進んでいることに目を向けます。

入院21日目、4月18日土曜日

昨日の母の状態が比較的良かったので、今日も少し期待して病院に向かったのですが、この日の状態は昨日ほどではありませんでした。

と言っても調子が悪いとか、どこかが具合が悪いというわけではなく、反応がイマイチでボーッとしていて、これまでの感じとほぼ同じです。

昨日の調子が良すぎた、という方がいいかもしれません。

この日もまた、「来週の月曜日に先生から検査の結果や病状の話を聞いて、回復していれば退院ができることになるかもしれんよ」と母に何度も話しかけます。

他のことの反応はイマイチなのですが、「退院できるよ」と言うたびに、何か言おうとして口を動かして声を発しようとする母。

娘の私ももちろんですが、やっぱり退院できるとなって一番うれしいのは母本人なんですよね。

明日は日曜日なので面会はできませんが、「次に面会に来る月曜日には退院の許可がおりるかもしれない」と、少しだけ見えてきた光を感じつつ病室を後にしました。

(最終回の次回に続きます)