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「DIE WITH ZERO」 を読んで

DIE WITH ZERO」という本、知ってますか?

資産運用関連のユーチューブやブログなどでよく取り上げられている本で、以前から読みたいなぁと思って図書館で予約していました。

人気があるようで数週間ほど待って、ようやく貸し出し可能になり、このたび読んでみました。

ゼロで死ね?

ユーチューブなどで内容を見ていた限りでは、「死ぬ時に資産がいちばん多くなっても意味がない、死ぬまでに使い切れ」というような趣旨だと思っていました。

まぁ、概ねそういう内容なのですが、実際に読んでみるともっと奥が深く、それまでの私の老後のお金の使い方に関する考え方が少し変わりました。

というのも、私は、「確かに死ぬ時にいちばんお金持ちになっても仕方ないのはわかるけど、使い切るっていうのは現実的ではないのでは?」と思ってました。

だって、働けなくなった老後のために必要なお金を持っておきたいと思うのは当然のことだと思うし、それにできれば、その金額に余裕がある方が安心感も増すのが人間として普通の感情なのではないですかね?

なので「死ぬ時に資産ゼロ」っていうのは、最期の時に向かって資産がどんどん減っていくわけで、「そんな不安な状態で老後を過ごせる人なんて、そうそういないんじゃないのでは?」と思ってました。

少なくとも、私は不安です。

だからこそ、この「ゼロで死ね」といメッセージがどんなふうに説明されているのか、すごく興味があったんです。

作者が伝えたかったことは・・・・

で、読んでみての私の理解は・・・・(ちなみに2回読みました)、

「老後の安心だけのために必要以上にためこむのではなく、今できる・すべき経験のための投資を先延ばしにするべきではない」ということ。

作者のビル・パーキンスさんは「人生で一番大切なのは、思い出を作ることだ。」とおっしゃっています。

本のタイトルの「ゼロで死ね」というメッセージが強烈なので、ついそのまま受け取ってしまうのですが、本当に作者が言いたいのは、「今できる、またはすべき経験(思い出を作ること)をせずして、お金を貯めてばかりで何も楽しい思いでのない老後を迎えた時に、果たして幸せな人生だったと思えるのか?」ということです。

このメッセージ自体はそれほど目新しいものではないですし、「そんなこと頭ではわかっているけど、現実にはお金がない生活は不安なのだから」と思ってしまいますよね。

私もこの本を2回読んだ後ですら、その不安感は消えてしまったわけではありません。

ですが、作者が言いたいのは、「自分のやりたいことばかりにどんどんお金を使えということではなく、必要十分なお金だけあれば、それ以上に貯め込むのではなく、幸せな人生のための今やりたいことにお金を使うべきだ」ということです。

とかく日本人は、心配性というか、ネガティブに考えすぎるところがあるのかもしれません。

私もそういうところ、あります(苦笑)。

共感と気づき

正直、目から鱗が落ちるような目新しい内容ばかりだったというわけではありませんが、それでも、作者の考えに共感したこと、改めて気づかされたことがあります。

こちらの記事を読むと、この本の要点がざっくりわかります。

共感したのは、若いときにリスクを取ること

「私は今でも、若いときにリスクを取ることの価値を大いに信じている。だがそれは、そのリスクを取るだけのメリットがある場合に限る。メリットとデメリットをよく比較して判断すべきだ。(引用)」

このリスクの例として、作者は23歳の時に仕事を3ヶ月休んで高利貸しから借金までしてヨーロッパ旅行へ行った友人のことを思い出しています。

友人からそれを聞いた時は、「何をバカなことを!」と思ったそうですが、旅行から帰ってきた友人が自分には想像もできない出会いや体験をしたことを聞いた彼は、「素晴らしいの一言だった。私は嫉妬し、一緒に旅行しなかったことを後悔した。ときがたつにつれ、後悔の念は増すばかりだった。(引用)」と思ったそうです。

その後、30歳になって作者もヨーロッパ旅行を実現したそうなんですが、仕事上、若い頃よりも責任ある立場のために短い休暇しか取れず、友人のように安いユースホステルに泊まって他のバックパッカーたちと友達になったりする体験はできなかったようです。

「残念だが、この旅はもっと若いときにすべきだった―。そう結論を導かざるをえなかった。(引用)」としています。

35歳でアメリカへ

これは、私自身の体験からもすごく共感します。

というのも、私自身も1998年、35歳の時にそれまで勤めていた会社を辞め、インターンシップの活動でアメリカに1年滞在したことがあるからです。

(作者ではなく、友人の立場ですね)

作者の友人に比べると10歳以上も上の年齢でのかなりの暴挙ですが(苦笑)、この頃の私は、「一生のうちで、旅行のような一時的な滞在ではなく、ある程度の長い期間海外で生活してみたい」と以前からずっと思っていました。

また、当時の会社での仕事にそれなりにやりがいを感じ、自分なりに一生懸命仕事をしてきて、それに対する評価もあったとは思いますが、一方で、「○○さん(私のこと)は○○だから(ポジティブな評価です)」のような、まわりからの自分の印象がステレオタイプ化されていることに、ある種の窮屈さを感じていました。

で、「この窮屈さから飛び出したい、誰も自分のことを知らないところに行ってみたい」という気持ちが強くなっていたんですよね~

で、それをするには、「今が最後のチャンス(=年齢)だ」と強く思ったんです。

「今を逃したら、もうこの先勇気が出ないのではないか?窮屈さを抱えたまま、その経験をできずに一生を終えてしまうのではないか?いや、そうなったらものすごく後悔する!!!」と、強く強く思いましたね~

で、そう思ったらもう止められない(笑)

さっさと会社を辞め、アメリカに飛び立ちました!

この時の私は、作者の言うような「メリットとデメリットをよく比較して判断すべき」というような冷静な判断はほとんどなく、「今行動しなかったら、絶対に後悔する!」という勢いだけだったように思います。

そういう意味では「若いからこそできたのだと思いますが(35歳は決して若くないけど)、でも、この経験は、その後の私の考え方や行動に大きく影響しましたし、この経験があるからこそ今の自分があるとさえ感じています。

1999年に帰国した時の日本は、びっくりするくらいの不景気で、その後の就職活動にはそれなりに苦労しましたが、やっぱりあの時アメリカに行って本当に良かったと今でも思っています。

一方、気づかされたことは・・・・

アメリカの例は一例なのですが、大体において私は、今やりたいことはなるべく後悔しないようになんでもやってみようと思い、行動してきました。

ですが、50代後半から60代の今、少し保守的になっていることを、この本を読んで気づかされたような気がしています。

母との時間を優先

保守的になったきっかけは、おそらく、父が亡くなり、母が認知症になったこと。

それまで、親が亡くなる、認知症になるなんて、正直考えたこともありませんでした。

両親とも元気だったからこそ、私は好きなように生きてこれたし、それが当たり前でした。

ですが、思ったよりあっけなく父が亡くなり、その後に感じた不思議な喪失感。

その時に、いずれは母ともお別れの時が来ることを思い知らされ、母の時にはなるべく後悔が少なくてすむよう、これからは生きていこうと強く思うようになりました。

なるべく母と一緒にいる時間を持とうと、会社を辞め実家のある広島に引っ越したのが2018年の9月。

その時既に母は今の老人ホームに入所していましたが、なるべく面会に行って母と一緒の時間をすごすようにしていました。

その頃は、「認知症の進行だけでなく身体的にもいつ何があってもおかしくない年齢なのだから、とにかく呼び出しがあったらいつでも駆けつけられるようにしておかなければ」と常に思っていましたね。

(母の施設は同じ広島県内ではあるのですが、実家からは少し遠く、電車で2時間強かかる場所にあります)

なので、それまでは、「いずれ定年になって会社を辞めたらたくさん旅行をしたいなぁ」と思っていたのですが、海外旅行はもちろん、国内でも長期の旅行は母とお別れするまでは控えようと考えを変えたんです。

その後、追い討ちをかけるように、2020年に世の中はコロナ禍となり、ますますどこにも行けない、母との面会ですら中止されるような日々が続きました。

この数年の間に、私自身、母のためとは思いながら、知らず知らずのうちに、これまでのフットワークや行動力が衰え、いつのまにか変化のない生活が当たり前の自動運転モードになっていたように思います。

思考停止は、母のせいでも、コロナのせいでもなく、自分が原因

やりたいと思ったことを後で後悔しないようにやってきた私ですが、この数年は母のことやコロナの影響でちんまり暮らすのは仕方ないと思っていました。

ですが、よくよく考えると、「ちんまり暮らしてきたのは、母のせいでもコロナのせいでもなく、私自身が年をとってしまったせいではないか?」と思うのです。

この本を読んでそれに気づかされたような気がします。

ですが、だからと言って、自分のやりたいことをもう少し優先するということとも違うんです。

(ちょっとややこしいのですが)母と一緒にいる時間をなるべく多く持つことは、決して先送りできない今しかできないことだから、それを優先することは今の私にとって一番大切なことなのですが、「母との時間を優先することが当たり前という自動運転モードになって、いつのまにかそれ以外のことが思考停止されて閉鎖的になっていなかっただろうか?」という気づきです。

若い頃はもちろん自分も親も元気で、親が死んでしまうなんて考えもしませんでした。

でも、親もいつか死んでしまうし、自分も年をとっていくわけです。

その年をとっていく過程で、知らず知らずのうちに考えや行動がちぢこまり、自分ではそう思っていなくても閉鎖的になってしまっていたのかもしれません。

変化を受け入れて

この本が伝えたいのは、最初にあった「人生で一番大切なのは、思い出を作ることだ。」というメッセージ。

「思い出」というとなんだか終わった人みたいで少し淋しいので、私なりにちょっと言い換えてみます。

「人生で一番大切なのは、自分の心に正直に、今やりたいことをやる、なりたい自分になる!」

どこかで見たような言い回しで何の新しさもありませんが、でも、少なくとも、私自身はこれまでそう思ってやってたし、今後もそうありたいのです。

年をとると誰でも思考も行動も新しさや変化を好まず、だんだんちぢこまってしまいがちです。

でもそれでも、いやそれだからこそ、自動運転モードのまま思考停止が当たり前、そして変化を拒んでしまうような自分にはやっぱりなりたくないと思うのです。

ダーウィンの進化論の「種の起源」という著書によると、「最も強いものが生き残るのではない。 最も変化に敏感なものが生き残る」そうですよ。

ダーウィンの進化論はちょっと大げさだとしても、日々の生活の中でも思考停止にならず、自分なりに変化を受け入れて、この先も元気で楽しく生きていきたいものです。

最期に「あぁ~、楽しかった!」と言って逝ければ、もう100点満点でしょう!