年明け早々、悲しいニュースを目にしました。
私が資産運用を始めるにあたって、とても参考にしていた、ファンと言ってもいい経済評論家の山崎元さんが、1月1日に食道がんでお亡くなりになりました。
65歳でした。
山崎さんとの出会い
私が山崎さんを知ったのは、2016年に資産運用を始めようと思ったときに、山崎さんと水瀬ケンイチさん共著の「ほったらかし投資術」という本を読んだことが最初だったと思います。
(最新版は、第3版)
その内容が初心者の私にも非常にわかりやすく、すごく腹落ちする内容だったんです。
それからというもの、ネットで山崎さんの記事を読むようになり、次第に好感を持つようになっていきました。
というのも、山崎さんが初心者にもわかりやすくシンプルな資産運用の方法を発信されていたことはもちろんですが、同時に、山崎さんのゆるぎない投資家ファーストの姿勢に惹かれたからです。
当時、楽天証券の経済研究所客員研究員でありながら、自社に全く忖度することなく、たとえ、それが自社にとってネガティブな情報でも、投資家にとって有益な情報であれば迷うことなく提供する姿勢を貫いていらっしゃいました。
正直、私のまわりには自分も含めて、あんなに自分の意思を一本通して、常にぶれることなく仕事を続けている人は見たことがなかったように思います。
資産運用の目的
また、資産運用に関して、ややもすると「とにかくお金をどうやって増やすか」ということに特化しがちな情報が多い中で、山崎さん自身は、資産運用の目的は人生を楽しむため、お金はそのための道具であるというようなことをおっしゃっていたように記憶しています。
そして、「投資はいつまでも続けて、お金が必要な時には、必要額だけ部分的に取り崩すのが適切なやり方です」ともおっしゃっていました。
必要以上に多すぎず、少ないと不安に思うことなく、必要な時に必要なだけのお金があれば、それでよいのです。
私にとっての資産運用の目的はまさにこういうことで、できるだけ誰にも迷惑をかけず、誰からも干渉されず、やりたくないことはやらなくてすむ、そしてお金のためにやりたいことを我慢しなくてよい生活をするためです。
山崎さんの投資家ファーストの姿勢もさることながら、お金に対する考え方や価値観も非常に共感できる方でした。
食道がんに
そんな山崎さんでしたが、2022年8月に食道がんと診断されました。
山崎さんががんになったことは、ご本人のブログで知ったのですが、最初私は自ら公表されているということは、初期のがんで完治する可能性が高いのだろうと勝手に思っていました。
そんな中、2023年の12月ごろだったと思うのですが、たまたま見ていたユーチューブの番組で、山崎さんが出演されているのを見ました。
以前と比べてかなりやせられており、私は後で知ったのですが、2023年の3月末から4月初旬にかけてがんが再発されていて、加えて、他臓器や骨に転移がある、遠隔転移ありのステージⅣで、常識的に完治はもう望みにくい状態だったそうです。
「2023年の3月に再発が分かった時に余命平均ベースで半年、悪いケースで3か月の『持ち時間』を覚悟した」と山崎さんはご自身のnoteの中でおっしゃっています。
私が山崎さんをすごいと思うのは、自分の余命がわかっていながら「客観的に『持ち時間』を予想し、これに対応して、一方で『希望』も捨てないことが、共に重要だ」と主張されていたこと。
自分の余命があと数ヶ月とわかった時点で、こんなに冷静に整理して考えられるものなんでしょうか。
私だったらどうだろう・・・・
とてもとても想像がつきません。
そして山崎さんは、「ここであらためて驚くのは、この間も、連載の原稿を一本も落とさずに書き続けていることだ。」とおっしゃっています。
さらに、
「仕事を減らしてばかりでは、元気が出ない。その後、11月から『週刊現代』でテーマ自由のエッセイを連載する仕事を増やすことにした。」と。
私が12月半ばころ見たユーチューブの山崎さんも、まさにこの頃のことだと思われます。
それまでの連載を一本も落とさず続け、さらに新しい連載を増やし、ユーチューブにも出演する。
そんな仕事ぶりを亡くなる直前まで続けておられたわけです。
それなので、新年が明けてから1月1日に山崎さんが亡くなられたというネット記事を見たときは、本当に、思わず声が出てしまったほど驚きました。
最期まで素敵でした
将来、もし私が自分の余命を宣告されるような病気になったとき、山崎さんのように、客観的に残りの持ち時間を予想し、かつ一方で希望も捨てないでいられるような自分でいられるか、全くもって自信がありません。
ですが、少なくとも、山崎さんのこの言葉や姿勢を忘れずにいたいと思っています。
そして自分自身のことだけでなく、母のことも考えてみました。
母は余命宣告されたわけではありませんが、そう遠くない将来に必ずやって来るお別れ。
それがいつなのかはわかりませんが、残された時間を母自身ができるだけ希望を持って、穏やかな気持ちで過ごすことができるよう、出来る限りのことをしていきたいと思っています。
12月25日、山崎さんの最後のnoteの結びの部分です。
「最期の日のぎりぎりまで幸福は追求できる。・・・(中略)・・・過去は『他人』のもの、最期の一日は『本人』のものだ。お互いに機嫌良く過ごす上で邪魔になるものは何もない。
上機嫌なら全て良し、と思うがいかがだろうか。」
山崎さん、最期まで本当に素敵でした。
そしてありがとうございます。