注目キーワード
  1. お一人様
  2. セミリタイア

まさか、こんなに早く来るとは・・・・、そしてこれから

前々回と前回の記事で、母が昨年秋から三回目の誤嚥性肺炎で入院しましたが、なんとか退院許可が出たこと、退院後はこれまでの施設で看取りを視野に入れた介護体制となることを書きました。

前々回の記事「まさか、こんなに早く来るとは・・・・」はこちら

前回の記事「まさか、こんなに早く来るとは・・・・②」はこちら

そして、退院が5月25日に決まり、その日に施設で今後の介護体制の説明、その後かかりつけ医のクリニックで医師からも今後の対応の説明を聞くことになりました。

念の為の最終検査

退院まであと2日という5月23日の土曜日、面会中に「レントゲン検査をしますね」と看護師さんとレントゲン技師の方が病室に入って来られました。

「え?あと2日で退院なのに、レントゲン検査?」と、一瞬思ったのですが、これは前回の5月12日の検査結果を受けて15日に退院許可が出たので数日以内に退院すると思われていたところ、結局、退院が25日となり12日の検査から10日以上経過しているので、退院直前の念の為の検査として肺の状態をレントゲン検査するという医師の判断のようでした。

結果は異常なしということで、私も改めてホッとしました。

無事、退院

そして週が明けて5月25日月曜日、10時に退院なので、それまでに病院に着くように私も家を出ます。

そして病院の最寄り駅に着き、そこから病院まで徒歩で向かう間、「もうこの病院に入院することはおそらくないんだろうなぁ。この道を歩くのも今日が最後か・・・・」という思いが何度も頭の中をめぐります。

そんなことを考えながら病院に到着。

その後すぐに、施設のケアマネと看護師さんも到着されました。

そして、母の病室のフロアへ移動、持って来た洋服類を看護師さんに渡し、私たちは待合室で母の支度が整うのを待ちます。

しばらくして、車いすを押されて、洋服に着替えた母が病室から出てきました。

介護用のパジャマを着てベッドに横たわっている以外の母の姿を見るのは約1ヶ月ぶりです。

前回の退院時にも感じましたが、この時も母はさらに小さくなってしまったように感じました。

看護師さん達に見送られ、エレベーターに乗って1階の受付へ。

母と施設のケアマネと看護師さんは施設の専用の介護車で先に施設へ、私は会計を済ませた後、施設に向かいました。

施設に戻り・・・

施設に着き、かかりつけ医との話しあいの時間が来るまで、看取りを視野に入れた場合の介護体制のガイドラインや、それを元にしたより細かい日々の介護対応などについて説明を受けました。

看取りを視野に入れた介護体制とは

当初ケアマネから「看取りを視野に入れた介護体制」と提案された時には、(わかってはいたものの)「看取り=余命宣告」のような印象を受け、現実を突きつけられた思いでした。

ですが、この時のケアマネから、看取りを視野に入れて介護とは、延命治療を目的とせず、身体的・精神的な苦痛を和らげ、残された時間を母が不安なく安心して穏やかにすごすための介護であるということを丁寧に説明してもらいました。

私からもいくつか質問をして、疑問点などは大体クリアになりました。

そして、いくつかの書類にサインをします。

有料老人ホームとホスピス

少し時系列が前後しますが、この日の帰りの電車で、ケアマネの説明内容に関することを色々検索している中で「ホスピス」というワードが出てきました。

こちらの記事にホスピスのことが詳しく説明されているのですが、ケアマネの説明内容は、同記事にある下記の「ホスピスの役割」の表の内容と実質的にほぼ同じでした。

出典:みんなの介護

ホスピスという言葉は上記の表のように緩和ケアそのものを意味する他に、緩和ケアを行う施設を意味する場合もあり、母が入所しているような有料老人ホームとの主な違いは、受けられる医療ケアの充実度のようです。

有料老人ホームでも、医療ケアが充実している施設もあるそうなのですが、母の施設のように夜間は看護師が不在という施設も多く、ホスピスの場合、看護師が24時間在中していて有料老人ホームに比べて手厚い医療ケアを受けることが可能だそうです。

この有料老人ホームとホスピスの違いを知ったことで、あの時、ケアマネが、

  • 看護師が夜間不在だが、慣れた今の施設か

または、

  • 医療ケアを重視するなら、24時間看護師が常駐する施設(つまり、ホスピスのこと)の方が良いのではないか

という二つの提案をした意味が、よりクリアになりました。

(このケアマネの二つの提案の具体的な内容は、「まさか、こんなに早く来るとは・・・・②」の“施設のケアマネからの予期せぬ提案”の部分に記しています)

母の部屋へ

ケアマネの説明の後、かかりつけ医との約束の時間までまだ時間があるので、母の部屋に行くことにしました。

担当の看護師さんも一緒に行ったのですが、驚いたのは母の様子です。

今までいた慣れ親しんだ施設に戻って来たことを理解しているのか、とてもリラックスした様子で、何度も笑顔を見せるんです。

さらに、看護師さんの声かけに対して、病院では聞いたことがなかったような大きな声で反応したんですよ。

それも何度も。

もちろん、「大きな声」と言っても普通の人のレベルの大きな声ではなく、普通の元気な人の小さめ程度の声なのですが、それでも普段の母の空気が漏れ出るようなボリュームしかない声からするとかなり大きな声でした。

本当にビックリです。

これまでいた施設や職員さんのことを思い出したのか、それとも、もう覚えてはいないけれど、無意識のうちにリラックスできてそれが笑顔や声に表れているのかわかりませんが、少なくとも元の施設に戻ってきて母が安心できていると思って間違いないでしょう。

もともと退院後に別の施設に移ることは全く考えてはいませんでしたが、「慣れ親しんだこの施設に戻ることができてやっぱり良かったなぁ」と改めて思いました。

かかりつけ医の話

その後、ケアマネと看護師さんと3人で施設が提携しているかかりつけ医のクリニックに向かい、先生から今後の対応についてお話を伺いました。

これからは看取りを視野に入れて介護になる旨は、事前にケアマネから先生に連絡されています。

最初に先生から、「今後は看取りを視野に入れるということで同意、ご理解されていますか?」と聞かれ、「はい、同意しています」と答えます。

また、「痰が出ることを気にされているようですが、施設では夜間に看護師が不在のため、万が一痰が気管に張り付いてしまうなどの場合窒息という可能性も0ではないが、そのことはご理解されていますか?」と、以前にケアマネからも聞かれた質問をされました。

私が「理解しています」と答えると、先生も納得され、「わかりました」と。

その他、細かいことも説明いただき、私からもいくつか質問しました。

  • 往診の頻度はこれまでは隔週(月2回)だったが、今後はどうなるのか?
    → 定期の往診はこれまでどおり、隔週。施設から異常の連絡があれば、その都度すぐに往診する
  • (入院した場合と同じ治療かどうか確認したかったので)基本的な肺炎の治療は?
    → 肺の炎症は、抗生剤で治療
    → 肺の機能が低くなり酸素を取り入れにくくなる場合は、酸素の吸入を行う
  • コロナやインフルエンザのような他人に感染する病気や、内科以外の例えば骨折などの場合は、受診、入院もあり得るか?
    → コロナやインフルエンザも入院せずに、施設で薬で治療することは可能。ただし、その時の状態によっては入院する場合もある
    → 骨折のような治療すれば治るものに関しては、入院での治療が必要な場合は入院する

などのやりとりから、肺炎の治療は入院した場合と同じこと、肺炎以外の病気やけがに関しては、施設で治療の対応ができるものは対応、入院が必要な場合は入院する、ということで、私の疑問や不安は大体解消されました。

ケアマネや看護師さんからも質問され、医師との話しあいも終了しました。

そして、これから・・・・

これで、これからは看取りを視野に入れた介護体制のもと、母も私も日々を過ごしていくことになります。

私としては、できれば、このまま誤嚥性肺炎を再発することなく、最期まで不安なく安心して穏やかな日々をすごしてほしいと願うばかりです。

せめて、最期まででなくとも、母が苦しかったりしんどかったり痛かったりしないで、体調がおちついて穏やかに過ごせる日ができるだけ長く、少しでも長く続いてほしいです。

ただ、現実はどうなるかわかりません。

前回の退院と今回の入院の間は、わずか1週間でしたから。

そう考えると、残されている日々がどれだけなのかわかりません。

それだからこそ余計に、母になるべく自然に穏やかに過ごしてほしいのはもちろんですが、私自身も来たるべき時になるべく後悔しないよう、せめて後悔が少しでも少なくてすむよう、一日一日を母と一緒に大切にすごしていかなければ、と改めて強く感じています。

先日、たまたまnoteの記事を読んでいたら、ハッとさせられる記事に出会いました。

それは、おかの★きんやさんという方の「幸せ寿命という生き方」 という記事です。

おかのさんは、この記事の中で「幸せ寿命」という生き方を提案したいと綴られています。 

以下は、同記事の引用です。

心に沁みます。

末期の認知症を患っている母ではありますが、私の声かけに対して何か言おうとしたり、時々笑顔を見せてくれたりします。

数秒先には忘れてしまっても、笑顔を見せてくれたその瞬間は少なくとも母は小さな幸せを感じていると思います。

母の笑顔を少しでも多く見られるよう、母の幸せ寿命が少しでも長く続くよう、祈っていますが、明日突然それが終わってしまうとも限りません。

そう考えると、残された時間の中で、母の幸せ寿命のためにできることを小さなことでもひとつずつやっていこうと毎日、毎晩、思っています。

母の長い長い旅の終わりが、少しずつそして確実に近づいてきます。

彼女の娘として恥ずかしくないよう、何があっても全部受け止めて、母の最期をしっかり送り出せるよう、私も強くあらねば、という思いです。