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ルームメイトがベネズエラ人でした

年末からお正月と言えば、普通はみんな家族で里帰りしてのんびりすごすのが一般的ですよね。

そんな穏やかな年末年始に、今回、私が一番驚いたことは、アメリカ・トランプ大統領のベネズエラへの攻撃のニュースでした。

ベネズエラの麻薬密輸船への攻撃

最初にニュースでその動画を見て驚いたのは年末のことで、ベネズエラから麻薬をアメリカに密輸する船を木っ端みじんに攻撃している映像でした。

さらに衝撃的だったのは、船のがれきにつかまっている乗組員(民間人)も容赦なく攻撃していた映像。

この理由に関するトランプ大統領の発言は、「ベネズエラからの麻薬によって多くのアメリカ人が死に至っており、それを阻止するため」というようなものだったと思います。

ベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を拘束

そして、年が明けてすぐ1月3日の未明に、なんとトランプ大統領は今度はベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を拘束するという行動に出ます。

「ある国が他の国のトップを拘束して、自国に連行するって、そんなことできるの?」と単純に思いました。

おそらく普通の日本人からすると、「いくらなんでも、そんなのあり?」って感じじゃないですか?

理由がどうあれ、本当に理解に苦しむのですが、アメリカの言い分は、こちらの記事に詳しく説明されているのですが、かいつまんで言うと、

  • マドゥロ氏は民主的に選ばれた大統領ではなく、マドゥロ政権は正当な政府ではない
  • マドゥロ氏はベネズエラの麻薬テロ組織の中心人物である
  • そのベネズエラから密輸されている麻薬によって、アメリカは甚大な被害を被っている
  • よって、マドゥロ氏は政治指導者ではなく、国際的な麻薬犯罪の被疑者として扱う
  • 従って、今回のベネズエラ軍への攻撃とマドゥロ氏の拘束は戦争ではなく、犯罪者としてアメリカに連行し裁判にかける

ということのようです。

(理解不足だったらすみません)

マドゥロ氏が正式な大統領ではなく、麻薬テロ組織の中心人物で、その麻薬によってアメリカが甚大な被害を受けている、というところまでは、まぁ歩み寄れるとしましょう。

でも、だからと言ってひとつの国が別の国の軍事基地を奇襲攻撃して、トップ(一応)を捕まえて自国に連行するって、いかにもアメリカっぽいというか、トランプさんぽいというか・・・・

他に方法はないものなのか?

まぁ、でもアメリカの目的は他にも、ベネズエラの石油事業を牛耳る中国やロシアを排除する意味合いもあったみたいですけど・・・・

30年近く前のアメリカ滞在時のルームメイト

日本に住んでいる私たちからすると、アメリカはともかく、ベネズエラってほとんど馴染みのない国のひとつではないでしょうか。

私も特段ベネズエラに思い入れがあるわけではないのですが、今回のニュースがきっかけで、少しだけ関わりというか、思い出したことがあります。

それはもう30年近く前のことなんですが、当時、海外の学校で日本の文化や言葉を教えるインターンシップ制度があり、それを利用して1998年の5月から1年半ほどアメリカのミネソタ州に滞在していました。

で、学校が夏休みの間はインターン活動はしないので、英語の勉強のために語学スクールに行くことにしたのですが、そこの寮のルームメイトがベネズエラ人だったんです。

名前がどうしても思い出せないのですが、彼女の顔はしっかり覚えています。

世界各国から集まった同級生たち

その語学スクールは大学に併設されていて、私は夏休みの間だけの参加でしたが、もっと長い期間の参加も選ぶことができたと記憶しています。

世界の色んな国から学生が参加していました。

アジアから

アジアからは、日本人は私以外には女子二人。

アメリカに行って初めて会った日本人で、久々に日本語を話せてうれしかったですね~

あと台湾から女子が一人。

アジア人で固まってばかりいたわけではないのですが、やっぱり、私たち日本人はこの台湾の女子とよく話してましたね。

韓国からは男子が一人。

彼は同級生の中ではリーダー的な立ち位置でした。

ヨーロッパから

ヨーロッパからはフランスとスイスからそれぞれ女子一人ずつ。

フランス人の子はパリから来ていて、足が長くてスタイルが良かったです。

スタイルだけじゃなく、どことなく雰囲気もおフランスな感じで、「これがパリジェンヌかぁ~」と思ったものです(笑)

印象に残っているのは、スイスから来ていた女子。

唯一顔も名前もはっきり覚えているのが彼女で、名前はニコル。

色が抜けるように白くて、ちょっとくせ毛の金髪、ショートカット。

口数が少なくてシャイな感じ。

(実際は夏だったので違うのですが)私の頭の中ではニコルは、冬はこんな感じの手編みのフェアアイル柄セーターを着ているに違いない、素朴な感じの女子。

出典:Creema

私はそんなニコルに好感を持っていたのですが、お互い日々の勉強が忙しく彼女と親しくしゃべる機会はあまりありませんでした。

そんなある日、寝不足と疲れのせいで私は鼻血を出してしまったんです。

授業を休むほどではないし、自分では大したことじゃないと思っていたんですが、それまでほとんど学校でも話したことのなかったニコルが、学校が終わってから寮の私の部屋まで「鼻血が出たと聞いたけど、もう大丈夫?」とわざわざ言いに来てくれたんです。

うれしかったですね~

それまでほとんどしゃべったこともなく、親しいわけでもない私のことを心配してくれたのかと思って。

それからはすごく仲良しというほどではありませんでしたが、以前よりも親しく彼女と話すようになりました。

アフリカからも

あと、アフリカのソマリアから来た男子もいましたね。

当時も今も世界情勢にはあまり詳しくない私ですが、おそらくその頃、ソマリアと言えば内戦状態だったので、「ソマリアから直接来たのではなく、既にアメリカに移民として来ているのかなぁ」と思っていました。

どういう経緯なのか、少し興味があったのですが、彼と話すことはありませんでした。

私とだけではなく、彼は女子とはほとんどしゃべっていなかったように思います。

大多数は中南米から

そして同級生の中で最も多かったのは、中南米から来た人たち。

やはり、中南米からアメリカは近いし、来やすいんでしょうね。

その中で、私の記憶に残っているのはペルーから来ていた男子。

中南米から来ている彼らはラテン系ということもあり、総じてよくしゃべり、英語も日本人の私たちより日々の生活の中で馴染みがあります。

で、そのペルー人の彼とはlisteningとspeakingが同じクラスでした。

彼も多少文法が間違っていても、全く気にせずしゃべりまくっていました。

一方、中高でびっちり文法を勉強させられた日本人の私からすると、最初は文法の間違いなんて全く気にせずしゃべる彼の姿に驚きましたが、「あんなに文法の間違いもスペイン語なまりの発音も、全く気にせず話すってある意味すごい。ああじゃないと話せるようにならないんだろうな。私もがんばろう」って思うようになってました。

listeningとspeakingのクラスの他に、readingとwritingのクラスもあったのですが、そこで自分のクラスに私がいないことを不思議に思ったのか、彼が「readingとwritingはどのクラスなのか?」と聞いてきたんです。

で、私が答えると、彼から返ってきた一言が、「え?俺より上のクラスなの?」

そう、彼より私の方が上のクラスだったんです。

readingとwritingのクラスは文法や語彙など、いわゆる学校の勉強としての知識が必要なクラスです。

ですが、彼からしてみると、自分より全然しゃべれない日本人の私なんて、たとえ文法だろうがなんだろうが、自分より下のクラスに決まってると思い込んでいたみたいです。

ですが、実際、日本人の私からすると、彼の文法やスペルの間違いははっきり言ってひどかった・・・

彼はその後も納得いってない風な感じでしたけど(苦笑)

ルームメイトはベネズエラから

そして、私のルームメイトだった彼女がベネズエラからの留学生でした。

顔は今でもしっかり覚えているのですが、どうしても名前が思い出せません。

彼女にはベネズエラに彼だか婚約者だかがいて、よくその彼のことを話してました。

そして彼女の妹も一緒に留学していました。

姉妹でアメリカに留学するって、かなり裕福な家庭だったのではないかと思います。

大金持ちの彼女

それがはっきりわかったのが、彼女が家の写真を見せてくれた時のこと。

クリスマスの時の写真だったのですが、部屋の中に天井までそびえ立った巨大なクリスマスツリー!

その部屋自体もものすごく広くて、よくテレビ番組で紹介されているような、スペイン風のほとんど豪邸。

当然天井も日本の戸建てやマンションなんかの部屋の天井の高さとは明らかに違う、ものすごく高ぁい天井。

「ひゃぁ~!大金持ちじゃん!」と思いましたよ(笑)

たぶん、彼女以外でも中南米から来ている子たちは、みんな裕福な家庭の子たちだったと思います。

じゃないと、中南米からアメリカに留学なんてできないでしょうから。

結構馬が合った私たち

で、その中南米から来た子たちっていうのが、良くも悪くもみんなラテン気質で、日本人の私たちからすると、ほんとテキトーなんですよ(笑)

ただ、私のルームメイトのベネズエラの彼女はちょっと違っていて、日本人に通じる部分があるとういうか、考え方や物腰が結構こまやかで丁寧だったんです。

なので、私、彼女とは結構気があいました。

文化も生活習慣も全くちがう外国人同士、それも初めて会うふたり。

そんな私たちが同じ部屋で寝食をともにするのですが、彼女の行動や言動にストレスを感じたことはほとんどなかったように思います。

やっぱり彼女もラテン系

そんな彼女ですが、ひとつ意外というか、「やっぱり日本人の感覚とは違うんだなぁ」と思った出来事があります。

それは、学校がお休みの日、彼女の提案で10人くらいで映画を観に行こうってことになったんです。

何の映画か忘れましたが、その時話題になっていた映画で、みんな「観たい!観たい!」と楽しみにしていました。

で、みんなで映画館に行ったら、なんと、その映画はやっていなかったんですよ。

私はてっきり彼女はその映画をやっているのを確認した上で、みんなを誘ったんだと思っていたのですが、そうじゃなかったんでしょうね。

結局、事の真相はよくわからなかったんですが、結局そこで解散し、そこからは自然に三々五々自由行動となりました。

私はそんなに腹が立ったわけではなかったのですが、他の二人の日本人の子たちは結構怒ってましたね~(苦笑)

彼女たちの言い分としては、「自分から誘っておいてこんなことになったのに、ごめんの一言もない!」

確かに、当人からは全く謝罪の言葉はありませんでした。

もっと言うと、自分が悪いとは一ミリも思ってない風で、「あ、なんだ、やってなかったんだ」くらいの雰囲気でした(笑)

彼女は、そして彼らは今・・・・

今回のトランプ大統領のベネズエラへの攻撃のニュースがきっかけで、30年近く前にアメリカに滞在していた頃のエピソードのあれこれを思い出しました。

今、改めて1998年から1999年頃のベネズエラの歴史を調べると、ウィキペディア

「1999年に大統領に就任したチャベスは徐々に立法、司法、行政を自派で占めて行き、この事実上の独裁政権は反米主義、反新自由主義、反グローバリズムを訴えて次第に国内の他の政治勢力やマスメディアへの締め付けを行い始めた」とあります。

当時は1998年の夏だったので、翌年のことですね。

また、Copilotに1990年から2000年代のベネズエラの状況を聞いてみたところ、こんな風にまとめてくれました。

豪邸の写真を見せてもらった時はベネズエラの状況なんて全く知らなかったのですが、当時から政治も経済も混乱していてベネズエラの人たちの生活は不安定だったんですね・・・・

彼女には婚約者がいたようなので、その後はおそらくベネズエラに帰国したんだと思いますが、留学前と変わらない裕福な生活ができていたのか・・・・

彼女は今、どうしているんだろう・・・・・

あれから30年近くたっておそらく彼女も50代のはず。

ベネズエラでは数百万人の人が国外に流出しているとも言われているので、「もしかしたら、彼女ももうベネズエラにはいないのかも?」と思ったり。

日々の生活の中では自分のまわりの狭い範囲だけに目が行きがちですが、日本国内もさることながら、世界では驚くような出来事や事件が日々起こっているんですよね。

そしてベネズエラもそうですが、ソマリアは近年でもテロなどが頻発し、現在も外務省の海外安全ホームページでレベル4の退避勧告が出ています。

私たちが住む日本も、物価の高騰や経済の停滞、安全保障問題など課題が山積ですが、こうして世界に目を向けると、いかに自分が恵まれた環境にいるのかを痛感します。

少なくとも、あれから30年近くたった今も、私は日本で健康でそして穏やかな日々を送っています。

ルームメイトだった彼女、そしてクラスメイトの彼ら全員が、世界のどこかでそれぞれのご家族と穏やかな暮らしを送れていることを願います。